デス・オーバチュア
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天から一つの流星が降り、広大な雪原に激突した。 果て無き白銀の世界に巨大なクレーターが穿かれる。 その中心には、黒衣の上に純白の鎧を身に纏った青年が立っていた。 「くっ、戻るのに手間取っている間に……魔界に逃げられたか……」 青年……クライド・レイ・レクイエムにはすでに魔皇ファージアスが地上に居ないことが解る。 地上の果てと果てにいようと、彼にはファージアスが地上に居るなら感じ取ることが出来るのだ。 「ふむ、案外あっさりと舞い戻ったのう。もう少し時間がかかるかと思っておった」 クレーターの端にひょこっと漆黒の死神が顔を見せる。 「猫耳婆……」 「誰がじゃっ!」 クレーターの端に居たはずの死神は瞬きの間にクライドの背後に移動し、彼の後頭部を大鎌の柄で思いっきり殴りつけた。 「まったく最近の若者は年長者への口のきき方がなっておらん」 死神が骸骨の面を剥ぐと同時に、漆黒のローブが独りでに蠢きめくれていく。 やがて、完全に脱ぎ捨てられたローブは髑髏の面の内側に吸い込まれて消えてしまった。 「……婆を婆と言って何が悪い……」 クライドは後頭部をさすりながら、正体を現した死神を睨みつける。 幼い、まだ十歳ぐらいの黒と白のメイド服を着た少女だ。 クリーム色のふわふわの髪は地に着きそうな程長く、瞳はまるで明るい金褐色の猫目石(キャッツ・アイ)である。 だが、少女の最大の特徴は髪でも瞳でもなく、黒い猫耳と尻尾が生えていることだった。 「まだ殴られたりぬのか?」 アニスはチョーカー(首にぴったりとした首飾り)についた綺麗な鈴を弄っている。 しかし、鈴はどれだけ揺らされても音を鳴らすことはなかった。 「魔族の俺より遙かに年上な婆のくせに、その狙いすぎて外した格好はどうにかし……」 クライドの後頭部が再び大鎌の柄で殴りつけられた。 「前から何度も言っているように、この耳と尻尾はファッションではなく、儂の体の一部じゃ! 愚弄するでないわ!」 「……み……耳じゃなくて……服だ……」 「むっ? この冥土でメイドというウィットに富んだセンスにケチを付ける気か?」 少女の金褐色の瞳に一条の光が浮かび上がり、まるで猫の目と化しクライドを睨みつける。 金褐色の地にシャープな白っぽい目が入り、 ミルクとハチミツ効果と呼ばれる、明暗の影を示す……彼女の瞳はまさに最高級の猫目石だった。 最高級の猫目石……確かに妖しいまでに綺麗だが、それが人間の瞳となると綺麗というより寧ろ怖い。 「まあよい、それより向こう……ホワイトの街と空を見てみい」 少女は大鎌で遠方を指し示す。 「ん?……馬鹿なっ!? なぜ、アレが地上にある!?」 クライドはホワイトの空を見るなり、驚愕の声を上げた。 タナトスは、噎せ返るような血の香と、生まれて初めて聞く美しい旋律で目を覚ました。 「ん、目が覚めたか、タナトス?」 「……ルーファス?」 タナトスは自分がルーファスに抱き抱えられていることに気づく。 「なっ、離せ、降ろせ、ルーファス!」 「はいはい、暴れなくても降ろしてあげるよ」 ルーファスはあっさりとタナトスを手放した。 急に解放されて、タナトスは床に尻餅をつく。 「急に離……」 「ところで、タナトス。そろそろ周囲を気にしたらどうかな?」 「えっ?」 タナトスは言われて初めて周囲に視線を向け、その異常な世界に気づいた。 「雪原に赤が映えるといっても、限度というものがある……そう思わないか、タナトス?」 「…………なっ……」 タナトスはルーファスの声など聞こえていないかのように、呆然と世界を見つめる。 ホワイトの街を埋め尽くす白雪が、血の赤で塗り尽くされていた。 血だけではない、街中に肉塊と肉片、心臓や臓物がまき散らかされている。 そんな地獄のような世界に、白い帽子と白いワンピースのどこから見ても避暑地のお嬢様にしか見えない場違いな人物が、提琴(バイオリン)を奏でていた。 帽子から覗くは美しいダークブルーのストレートロングの髪、顔は帽子の影で隠れてよく見えない。 「……なんなんだこの異常な光景は……?」 呆けたような表情の人々が、バイオリンを奏でる少女に引き寄せられるように歩み寄っていき、次々に肉塊に変えられていった。 それも、どうやってかまったく解らない不思議な手段でである。 一定の距離まで少女に近づいた人間は、まるで見えない鉄槌か大斧でも叩きつけられたように四散するのだ。 「あら? 叔父様はともかく、あなたにも、あたくしの曲が効かないのね」 少女は、群がる全ての人間を肉塊に変えると、演奏を終了し、帽子を取る。 「初めまして、可愛いらしい死神さん。あたくしの名はリューディア・プレリュード、先程は父が、いつもは母がお世話になっています」 リューディアと名乗った少女は、髪と同じダークブルーの瞳を輝かせて、礼儀正しく挨拶をした。 「先程は父……いつもは母って……?」 「こいつはファージアスとリンネの間の一人娘だよ、魔眼王の第二皇女リューディア・プレリュード……まあ、俺の一応姪ってことになるか……」 「あらあら、いくらお父様と兄弟扱いされるのがお嫌だからって、あたくしの存在も認めてくださいませんの?」 「魔皇と……リンネの娘!?」 確かに、少女の髪と瞳はリンネと同じ色をしている。 顔立ちも言われてみれば、リンネに似ていないこともなかった。 「いや、問題はそこじゃなくて……貴様、いったい何をしていた!?」 「何って曲を一曲奏でていただけよ。お父様の退場と共に、魅惑の白鳥の愛憎劇は終演を迎えたわ……そして、次の劇を始めるための序曲(プレリュード)……」 言っている傍から、リューディアはバイオリンを再び奏で始める。 「序曲? では、人間を殺していたことに深い理由は……」 「はい? あたくし、何か悪いことをしたの? 寄ってきた蠅を叩き潰しただけなんだけど……まあ、引き寄せたのもあたくしの曲の力なんだけどね」 リューディアは本気でタナトスが何を気にしているのか解らないといった顔をした。 「貴様っ!」 「待て、タナトス!」 タナトスは魂殺鎌を出現させると同時に、リューディアに斬りかかる。 大鎌がリューディアに届く直前、彼女の左右から出現した何かがタナトスを吹き飛ばした。 「あら、別に平気だったのに、シンもイヴも心配性ね」 リューディアの左前には、長い銀髪をポニーテールにしたメイド服の少女が、右前には青紫の大剣を持ったダークブルーの髪と瞳の少年が、彼女を庇うように立ちはだかっている。 「姫様とシン様はお下がりください」 銀髪の少女の服装はメイド服と呼ぶには少し変わっていた。 ロングスカートには深いスリットが入って、黒いストッキングの足が覗いており、やけに動きやすさ……戦いやすさを考量したかのようなデザインになっている。 メイド服というより、体にジャストフィットした黒いスーツの上に、肩当てや胸甲のように白い布を纏った戦闘服にすら見えた。 「ここは私が……」 銀髪の少女の右手に、大の男が数人がかりで持つような攻城用の巨大なハンマーが出現した。 銀髪の少女は巨大ハンマーを重さなどまるでないように、片手で軽々とブンブンと振り回す。 「ああ、駄目よ、イヴ。あなたじゃ一撃でペチャンコにしちゃうでしょう。あなたはこれを持って下がってなさい」 リューディアはいつのまにかケースにしまったバイオリンをイヴに投げ渡した。 「ですが、姫様……」 「命令よ。シンもいいわね、余計な手出ししたら、お姉ちゃん、あなたのこと嫌いになるわよ」 「…………」 ダークブルーの髪の少年は無言で大剣を背中の鞘に収め、リューディアの三歩後ろまで後退する。 「イヴもさっさと下がりなさい」 「……はい、姫様」 イヴは取り出した時と同じように巨大ハンマーを虚空に掻き消すと、後方に跳び退さる。 「……では、お待たせいたしました。イッツアショータイム!」 リューディアは白い帽子を空高く放り投げた。 タナトスの視線がほんの一瞬、帽子に向いた間に、リューディアの衣装が変わっている。 白い上品なワインピースは、リボンタイのついた白いブラウス、黒いミニスカート、黒いニーソックスといった姿に変化していた。 そして、タナトスが今度はリューディアの姿に気を取られている間に、空から白い帽子の代わりに黒いシルクハットが降りてきて、彼女の頭の上に着地する。 「リューディア・プレリュードのマジックショーへようこそ!」 いつのまにか、リューディアの左手には漆黒のマントが、右手にはステッキが握られていた。 「なあ、タナトス、こいつら無視してクリアに一度帰らないか? 元々の仕事とは関係ないし……」 「馬鹿者! こんな殺人鬼を野放しにして帰れるか!」 他人事で済ませようとするルーファスをタナトスが一喝する。 「あ、やっぱり? でも、ホワイトの問題はホワイトで解決すべきで、越権行為というか余計なお世話というか……」 「黙れ! 嫌ならお前は下がっていろ!」 「そうか、じゃあ、そうさせてもらうけど……リューディアは魔皇の娘、つまり魔王にも引けをとらないから気をつけてね」 そう言うと、ルーファスは後ろに跳び下がってしまった。 「…………」 最初からあてにはしていなかったが、ここまであっさりと見捨てられるというか、引き下がられるとなんとも言えない気分になる。 「だいたい、魔王とか、魔皇の娘とかどうしてこうゾロゾロと……いや、そうか、考えるまでもなかったな……」 今、自分の後方で高みの見物を決め込んでいる男……こいつが原因に決まっていた。 魔界の双神、魔皇……光皇ルーファス、この存在が地上に居るからこそ、もう一人の魔皇や魔王達が引き寄せられるように次々にやってくるのである。 「おかげで、どうも感覚が麻痺している気がする……」 ガルディア十三騎という存在や名には恐怖や畏怖を感じるのに、さっき戦った魔王や、今目の前にいる魔皇の娘には恐怖や畏怖を感じないのだ。 「では、まずは空中浮遊〜♪」 リューディアの体がふわりと宙に浮かび上がる。 「で、ありきたりなカードマジック♪」 リューディアが左手のマントを振ると、無数のトランプがタナトス目指して降り注いだ。 「くっ!」 タナトスは大鎌で飛来する無数のトランプを打ち落としていく。 紙では有り得ない歯応え……予想通り、トランプには刃物が仕込まれているのか、トランプ自体が刃物でできているようだった。 「だが、この程度が魔皇の力か?」 「あ、一度打ち落としても油断しない方がいいわよ〜」 「えっ?」 打ち落として大地に叩きつけたはずのトランプ達が独りでに浮かび上がると、再びタナトスに襲いかかる。 「ちっ!」 トランプ達はタナトスの周囲を取り巻きながら、何度打ち落とされても、再び浮かび上がり、タナトスに切りかかってくるのだ。 「きりがない……つっ……はあああああああああああああっ!」 タナトスは体中から死気を爆発的に放出し、トランプ達を弾き飛ばす。 そして、すかさず、宙に浮かぶリューディア目指して跳躍した。 「滅!」 「きゃあ、怖い〜♪」 リューディアがわざとらしく怖がって体を捻ると、目に見えない何かが、振り下ろされたタナトスの大鎌を弾き返す。 「くっ!?」 「頭上注意〜♪」 「なっ……」 突然、頭上に気配を感じたかと思うと、タナトスは自分の十倍近い大きさの鉄球によって地上に押し潰された。 その後を追って、ゆっくりとリューディアも地上に着地する。 「あらあら、イヴが相手じゃなくても結局ペッタンコなの?」 「……なめるな!」 心地よい音と共に鉄球が無数に切り分けられ、鉄球の残骸の下からタナトスが姿を現す。 「あら、丈夫〜。じゃあ、この鉄球はもう邪魔だから消しましょうね〜」 リューディアが指をパチンと鳴らすと、鉄球の残骸が全て最初から無かったかのように消失した。 「なっ!?」 「足下注意〜♪」 驚く間もなく、タナトスの足下から無数の竹槍が飛び出す。 タナトスは竹槍が飛び出す直前に、なんとか跳躍して宙に逃れていた。 「あらあら、不意の足下からの攻撃に反応できるなんて……あなた予知能力者〜?」 「ふざけるな……貴様が直前に教えたから、ギリギリで反応が間に合っただけだ……」 「あら? あらあら、失敗失敗……じゃあ、次は左右に注意ね」 「なに!?」 宙に浮かぶタナトスの左右から、無数の矢が雨のように降り注ぐ。 「ていっ!」 タナトスは『空中』を蹴って、地上へと間一髪で逃れた。 「きゃ〜、凄い! 空中でさらに跳躍なんて、あなたの方が手品師(マジシャン)みたいじゃない〜♪」 「…………」 タナトスはリューディアの声は無視して、先程からのリューディアの攻撃の正体を考える。 手品というより、まるで罠(トラップ)だ。 だが、予め、竹槍や矢や鉄球が仕掛けられていたとは思えない。 なぜなら、竹槍はともかく、矢や鉄球は何もない虚空から突然出現したからだ。 虚空に罠など仕掛けられるわけがない。 「じゃあ、次は……何にしようかしら?」 リューディアはう〜んう〜んと可愛らしく考え込む仕草をする、彼女からは戦闘中といった緊迫感は欠片も感じられなかった。 「じゃあ、わんわん」 リューディアがステッキでトントンと地面を叩くと、タナトスの左右の大地から黒い大型犬が出現し、彼女に襲いかかる。 「なっ!?」 タナトスは反射的に犬達を一閃した。 二匹の犬は血も流さず幻のように消滅する。 「じゃあ、次はあなたを消してあげるわね〜♪」 犬の消滅に意識が向いた一瞬の間に、リューディアがタナトスの目前に移動完了していた。 「くっ!」 「はい〜♪」 タナトスが大鎌を振るうよりも速く、リューディアのマントがタナトスを包み込む。 次の瞬間、タナトスはリューディアの背後の上空に出現していた。 訳が解らないながらも、タナトスは、このままでは頭から地上に激突してしまうため、そうならぬように回転し体勢を立て直そうとする。 しかし、タナトスの体はまったく動かなかった。 タナトスの体はいつのまにか、巨大な十字架に張り付けにされていたのである。 「馬鹿なっ!?」 タナトスはそのまま十字架と共に脳天から地上に叩きつけられた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |